皆さんは、トンボと聞くと何トンボを思い出すでしょうか? 赤トンボ、イトトンボ、オニヤンマ、シオカラトンボ...。昆虫の研究者でなくても、いろいろな種類のトンボが思い浮かぶことでしょう。一方、ロシアには、トンボとバッタを一緒にした単語があるだけだそうです。日本には「秋津島(あきつしま)」という異名がありますが、この「秋津」というのはトンボのこと。そのくらいトンボの種類が大変多く、そしてトンボ好きな国民なのです。しかし近年、トンボたちは大きな危機に直面しています。
現在、日本に定着しているトンボは184種16亜種がいます。そのうち、固有種(日本にだけ生息する種)は56種もいます。ヨーロッパには全土で合計しても116種しかいないといいますから、いかに日本のトンボ相が豊かであるかがうかがえます。
しかし、環境省が作成した国内の絶滅のおそれがある野生動植物種のリスト(レッドリスト)には、44種2亜種のトンボが記載されています。全体の約4分の1の種に、絶滅のおそれがあるのです。
トンボが絶滅にいたる原因は、大きく3つが考えられます。
1. 生息地の消失や改変
埋め立てや護岸、池の公園化や釣り堀への改変、水田のほ場整備や休耕田・放棄田の増加など
2. 生息環境の悪化
農薬や生活排水の流入、ゴミ等による水質汚染、水草の減少による水質の悪化
3. 外来種による影響
アメリカザリガニ、ウシガエル、オオクチバス(ブラックバス)やブルーギルなどにより幼虫や成虫が捕食される、ホテイアオイやオオフサモなどが繁茂し水面を覆ってしまう
※アメリカザリガニは水草も食べてしまうため、水質が悪化したりトンボの産卵場所が失われてしまう原因にもなる
右図「ベッコウトンボの生息地」:福永健一他 (2003: Tombo 46: 29-30)、日本蜻蛉学会連絡誌(2007~2009)、レッドデータブックあいち(2009)から分布記録を収集し、過去の基礎調査データに追加し作成した。(出典:日本の動物分布図集(2010)環境省生物多様性センター)
【絶滅の危機に瀕しているトンボ】
● ベッコウトンボ
ベッコウトンボは1950年代までは日本の西南部を中心に平地のため池等に広く分布していましたが、2008年には静岡、山口、福岡、長崎、大分、鹿児島の6県に生息地が減少してしまいました。残された生息地では、アメリカザリガニの駆除や草刈りなど生息地の保全や、飼育による増殖などが試みられています。
● オオモノサシトンボ
オオモノサシトンボの生息地は、関東地方の利根川流域と新潟平野、仙台平野に限られています。以前は135の生息地が確認されていましたが、2000年には22ヵ所と、およそ85%の生息地が失われてしまいました。生息地が人口の多い地域と重なるため、埋め立てられたり水質が悪化したことがその主な原因ですが、公園として残されたにもかかわらず、配慮のない管理が原因で絶滅したとされる例もあります。
● 小笠原の固有種
小笠原諸島のトンボ類は5種の固有種が知られていますが、全てが環境省のレッドリストに記載されています。これらの主な生息地であった父島では1980年代に、母島では1990年代に、いずれも個体数が激減し、現在までに父島では5種全てが絶滅し、母島では1種だけが生き残っているという状況です。これらの固有種が減少した原因は、
・道路やダムの建設により、森が切り開かれ、土地が乾燥化したり河川が失われてしまった
・野生化したヤギの食害で、森が裸地になり土地が乾燥化した
・戦前に沖縄から移植されたアカギやギンネムという樹木が繁茂して沢を覆い、トンボが活動する環境が失われてしまった
など、複数あるとされていますが、最も大きな要因は、北アメリカ産のトカゲ「グリーンアノール」による捕食だと考えられています。小笠原では他にもグリーンアノールによって個体数が減っている陸生昆虫は多く、チョウの一種「オガサワラシジミ」も絶滅寸前といわれています。
小笠原の外来種 グリーンアノール
(左)写真提供:アーさん(みっけにん)
2009年8月6日撮影
「宿泊した民宿の庭先で確認。地元の方の話では、かなり繁殖しているとのことでした。」
(右)写真提供:戸田光彦 氏
2004年9月15日撮影(父島)
天然記念物のオガサワラゼミを捕食
トンボの減少・絶滅要因は種によって、また地域によって異なりますが、他の生きものや環境との関わりが保たれていたからこそ、その生きものはその場所でずっと生きてきたのだということが、トンボの危機からもみえてきます。日本がいつまでも「トンボの島」でいられるためには、その生息環境を注意深く見守ることが大切なのですね。
(参考・引用文献)
加納一信. 2001. 絶滅危惧種オオモノサシトンボの現状. 昆虫と自然, 36(7):10-13.
苅部治紀. 2004. 小笠原固有トンボの現状−トンボ類はいつごろ、なぜ減ったのか?−. 神奈川県立博物館調査研究報告(自然), (12):31-45.
松木和雄. 2008. ベッコウトンボの現状と保全. 昆虫と自然, 43(9):20-24.
(財)自然環境研究センター 編著 2008. 『日本の外来生物』平凡社.
環境省生物多様性センター 2010.『日本の動物分布図集』平凡社.
石井 実 監修 2010.『日本の昆虫の衰亡と保護』北隆館.