以前,大気化学の研究者の測定に同行して沖縄の西表(いりおもて)島を訪れたことがあります。私の職場は茨城県つくば市にあります。西表の空気もつくばの大気の成分の種類に大きなちがいはなく、たとえば二酸化炭素の濃度がちょっと低いとか高いとかいった違いがあるだけです。いっぽう植物はというと、つくばと西表に共通して見られる種類はごくわずかです。北緯24度付近、熱帯のすぐ隣の西表には、関東地方に生える植物と似ているけれどちょっと違う種類もあれば,熱帯・亜熱帯でしか見られないグループの植物もたくさん生えています.マングローブのヤエヤマヒルギやマヤプシギ。あるいは板根が特徴のサキシマスオウノキ。アカメガシワの仲間が3種類もあったり、庭でパッションフルーツやパパイヤが実っていたり。そんな植物を見ているとわくわくしてきます。

そんな島に来て数日たったころ、化学が専門の同僚に「ここらへんの植物って,つくばのとは違うの?」と聞かれました。力を込めて「まったく違いますよ!」と答えたのですが,同僚はピンとこないようで「ふーん.同じ緑に見えるけどなあ」との返事でした。たしかにどの植物の葉も緑には違いないのですが...。まあ、私も化学分析の結果を見せられても何も分からないのでお互い様です。

地球のあちこちで、さまざまな生き物が、それぞれのやりかたで生活して様々な生態系を形作っています。そのことを指す言葉が『生物多様性』です。多様な生き物の暮らしをイメージできる人にとっては、生物多様性はリアルな実感をともなう言葉です。いっぽうで、たとえば植物はみな同じ緑にしか見えないと、生物多様性は中身のよく分からない抽象的な言葉でしょう。言葉の理解が不十分なのが問題だというよりも、生き物の多様さを知らないことがもったいない気がします。

「小鳥が鳴いてる」ではなく「ジョウビタキが鳴いている、今年も北から戻ってきたか」と思う。「つたが繁ってる」(多くの方が、ツタという植物名と、つる植物一般とを混同されています)ではなく「クズが繁っている、花にはまだ早いかな」と思って葉の下をのぞきこむ。それだけの違いが日々の暮らしをずっと楽しくします。

たとえば地球上の花をつける植物は約26万種あまり。毎日一種類ずつ見ていっても、全部を見るのに700 年以上かかります。昆虫は全部で1千万種とも2千万種とも、いやもっといるとも言われています。生き物の多様性はいくら見ても見尽くせません。「いきものみっけ」がきっかけになるかもしれないし、ちょっと詳しい人に教わったヒグラシの声やマンサクの花が最初の一歩になるかもしれません。ぜひ新しい楽しみをみつけてください。

写真1. ヤエヤマヒルギ。西表のマングローブを構成する一種。
写真2. サキシマスオウノキの板根。沖縄県、西表島にて。
写真3. 緑の裏庭。よく見ると、7種類のシダを含む12種類の植物が写っている。
竹中明夫(たけなか・あきお)
(独立行政法人)国立環境研究所 生物圏環境研究領域 領域長。専門は植物生態学で, 大学院では放置された雑木林が常緑樹の林に移行するメカニズムなどを研究.その後, 森林で多種の樹木が共存するメカニズムの研究,枝の伸び方と光の獲得の関係に関す る研究など.