身近な生態系が、現在急速に変化しつつあることをご存じだろうか。身の周りの生態系が健全でなくなってきていることは、多くのメディアがこの問題を繰り返し報じていることからもうかがえる。いくつかの事例を紹介してみたい。
先ず、際立っている事象として、南方系生物の生息域の北方への拡大が挙げられる。この現象は日本だけではなく、北米や欧州でも報告が多く、正にグローバルレベルで進行しつつある生物界の大きな変化の一つである。例えばナガサキアゲハでは、1940年代には分布の北限は九州であったが、1980年代に近畿圏に侵入し、2000年代にはとうとう首都圏にまで生息域を拡大した。どうして南方系種が北に生息域を広めたのだろうか。大阪府立大学の研究グループは、本種の北上が地球温暖化に起因する可能性を実証した。各地の気温が温暖化で上昇すると共に、本種が侵入し生息するようになったのである。
身近な生態系に南方系種がニューフェースとして加わるのは、一見喜ばしい出来事のようにも思われる。しかし、実際はそんなに甘くはない。生態系の中の生物は食物網などで結び付いており、特に新たに加わった種と在来の種で餌が類似している場合には競合が起こり、大変な事態を招くことになる。また、北進を続けるのは益虫ばかりではなく、南方系の強力な害虫の北進も報告されており、今後の農林業界へ与える影響は計り知れないものがある。
次に、外来生物の侵入・定着も在来の生態系を変貌させつつある。外来種の多くは大きな増殖力があり、1度在来の生態系に侵入すると、そのパワーで一気に優占種になってしまう例が多い。日本にはいなかったホソオチョウがマニアにより朝鮮半島から持ち込まれ、各地であっという間に増えたこと、しかも本種と餌を同じくする在来のジャコウアゲハが、生態系の隅に追いやられてしまった事実は記憶に新しい。わが国の秋の里を彩った秋の七草は、いつの間にか一面の帰化植物に変化し、外来種のアライグマが侵入して人間世界に害を及ぼしつつある。
南方系種や外来種が加わり、生態系は多様性を増すように思われるかもしれないが、現実には全く逆の現象が起こりつつある。現在の生態系には画一化・均一化の現象が進行しつつあり、どこに行っても似たような顔ぶれの生物しか見られないという状況が広まりつつある。一方で、この現象の裏返しとして、地域固有の在来種の絶滅や減少が急進している。写真に示したチョウ達は、以前は各地の草原でよく見ることができたが、土地の改変で草原が消失したり、放棄のために荒れ果ててしまい、現在では著しく数を減らし、全てが絶滅危惧種のレッテルを貼られてしまっている。このような生物多様性の著しい衰退と個性の乏しい生態系の出現、これも現在、地球レベルで進行しつつある生態系の大きな変化の一つである。
以上、代表的な生態系の変化事象について述べたが、ここで注意しなければならないことが二つある。一つは、前述したように、進行中の生態系の変化が自然界はもちろん、人間の生活や社会に対しても良い影響を与えるものがほとんどないことである。二つ目は、これらの生態系の変化や異変のほとんどが、温暖化、外来種の持ち込み、開発、里地・里山の荒廃など人間由来の原因(地球環境問題)によって引き起こされていることである。すなわち、地球上の生態系の行く末は、全て私たち人間の今後の行動に掛かっていると言っても過言ではない。私たちは今、身の周りの自然の動静を注意深く見守りながら、一人一人が地球環境問題の対策について真剣に考え、取り組んでいかねばならない要の時を迎えている。
- 写真解説:絶滅危惧種になってしまった草原に棲むチョウたち。
- 写真1:アサマシジミ、写真2.ヒョウモンチョウ、写真3.ヒメシロチョウ、写真4.ホシチャバネセセリ
- 北原正彦(きたはら・まさひこ)
- 1956年生まれ。山梨県環境科学研究所 自然環境研究部長・主幹研究員、山梨大学大学院客員教授、博士(理学)。
日本環境動物昆虫学会理事・評議員。専門は昆虫生態学、保全生態学。
現在、昆虫類を中心に、富士山麓の里地・里山生態系に生息する生物の多様性と保全の研究を行っている。



















